今回は、従業員のコンディション把握の重要性について、メンタルヘルス対策の観点、労務管理の側面から考えてみたいと思います。
<メンタルヘルス対策はなぜ重要か?>
まず初めに職場におけるメンタルヘルス対策がなぜ重要なのかを考えてみたいと思います。
メンタルヘルス不調がもたらす影響としてイメージしやすく、よく知られているのは、メンタルヘルス不調を理由とする従業員の休職だと思います。一旦休職が決まれば休職する従業員の仕事の部署内での振り分け、代替要員の確保といった工数が発生します。また、メンタルヘルス不調による休職は急遽発生することが多いため、上司や人事部門が他の仕事よりも優先して対応することになり、他の業務の予定が狂ってしまうことも珍しくありません。休職した従業員の周りの同僚への精神的な影響も少なくないことを考えると、休職者の発生が職場のパフォーマンスに及ぼす影響は甚大であると言えます。
休職に至らないまでも、メンタルヘルス不調により仕事の能率が低下する、事務ミスが多くなるといったことによる影響も考えられます。仕事上のトラブルやミスが多発した従業員がメンタルヘルス不調を感じながら勤務していたということも多くあります。つまり、メンタルヘルス不調は、企業の信頼にも直結する業務品質や顧客満足度の低下にもつながる得るリスクとも言えるのです。
<メンタルヘルス対策の進め方の基本>
以上で説明したようなメンタルヘルス不調がもたらす職場のパフォーマンス低下や企業の信頼失墜にもつながりかねない出来事の発生を避けるためにも、メンタルヘルス対策は非常に重要と言えるのです。
メンタルヘルス対策を進めるにあたっては、一次予防、二次予防、三次予防という考え方にもとづくことが国の指針によって推奨されています。
一次予防はメンタルヘルス不調の未然防止、二次予防はメンタルヘルス不調の早期発見、三次予防は復職支援になります。このうち、三次予防の復職支援は人事部門が主に関与することが多いことから、職場で働く管理職や従業員にとって重要度の高い一次予防、二次予防について以降で説明したいと思います。
<一次予防によるメンタルヘルス対策>
メンタルヘルス対策の一次予防を進めるにあたっては、セルフケアがポイントになります。セルフケアとは、「自分の心の健康を自分で管理する」、「ストレスに気づいて適切に対処する」ことです。具体的には、イライラする、集中できない、疲れやすいといった気持ちを感じた時は、休みを入れる、そういった状態が続くようであれば、必要に応じて、専門家に相談するといったことです。定期的に運動する習慣を持つ、ストレス解消のための趣味を持つといったこともメンタルヘルスを良好に保つ工夫と言えますので、セルフケアに含まれると言えます。
しかし、毎日の仕事に追われる中で、そういったセルフケアの意識を持ち続けるのは、なかなか難しいのも現実です。最近は新入社員の際のメンタルヘルス研修でもセルフケアが扱われることが一般的ですが、時間が経つと「そう言えば習った」という意識の従業員が現実には多数であると思います。その意味で、Willysm(ウィリズム)のように、一日1回立ち止まって自分と向き合う時間を取ることは、セルフケアの機会になると言えます。朝の業務開始時に自分の気持ちを回答しようとしても、これまでは気軽に回答していたのに、ここ最近気持ちが進まないといったことがあれば、自分の変調に気づく機会になると言えます。
<二次予防によるメンタルヘルス対策>
次にメンタルヘルス対策の第二次予防、つまり早期発見の観点から述べたいと思います。
早期発見の役割が期待されるのは管理職によるラインケアです。ラインケアとは、上司が部下の身なりや仕事ぶり、あるいは表情や受け答えの状態などによって部下のメンタルヘルスの状態を把握し、必要な場合には産業医や保健師といった専門家につなぐ活動を指します。おそらく近年は管理職研修の内容にラインケアに関する研修が取り入れられている企業も珍しくないと思います。
コロナ禍以降に普及したリモートワークにおいては、PCの画面越しには表情や服装、雰囲気からメンタルヘルスを把握することが難しいことから、そうした従来型のラインケアが難しくなっています。その意味で、Willysm(ウィリズム)のようなコンディション把握のツールの重要性が増したと言えるでしょう。従業員がありのままの状態を回答すれば、それを上司が把握することにより、部下の変調に気づきやすくなると言えます。
さらに、リモートワーク下での管理職によるラインケアの難しさに追い打ちをかけているのが、管理職自身が大きな業務負担をかかえている点です。プレイングマネージャーとして、部下のマネジメントもしながら、自らも営業成績の一端を担うといったマネージャーの姿も稀ではありません。管理職のみに従業員の体調の配慮や気づき、メンタルケアを求めるのは厳しいと言えます。
そこで、Willysm(ウィリズム)のようなツールを導入して、同僚同士がお互いの体調を気にし合い、場合によっては労りや励ましの声を掛け合うきっかけとすることも、メンタルヘルス不調の早期発見につながる取り組みとなり得ると考えられます。たとえば、リモートワーク下でそれまで毎日回答していた同僚が、回答しない日が増えたといったことから、同僚がオンラインMTGを持ちかけて、その結果、メンタルヘルス不調を感じていることが発覚するということがあるかもしれません。
このような職場での支え合い、人と人とのつながりは、学術的にはソーシャル・キャピタル(社会関係資本)とも言われて注目を集めています。このソーシャル・キャピタルが良好な職場では従業員の仕事のパフォーマンスが高いことや、ウェルビーイングやメンタルヘルスが良好であるといった結果が数多く報告されています。
これまでの「管理職→個々の従業員」という従来のラインケアの発想から、職場を共にする者同士として、お互いのメンタルヘルスについても気にし合う、必要な場合には支え合うという新しい形のメンタルヘルスケアがリモートワーク下においては特に求められていると言えるかもしれません。
<労務管理の観点からのコンディション把握の重要性>
最後に、若干堅くなりますが、労務管理の観点から、コンディション把握の重要性について述べたいと思います。
まず、先ほど挙げた管理職によるラインケア、特に従業員のコンディション把握は、法的には企業による安全配慮義務の履行という意味でも重要です。安全配慮義務は、労働契約法という法律に「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められています。平たく言えば、使用者は労働者の安全と健康に配慮する義務が課せられているということです。
安全配慮義務は、もともと過労死等による裁判が多くなされる中で確立された裁判所の考え方でしたが、労働契約法という法律ができて、その中に明文化されたという経緯があります。ニュースで見聞きする、過労死、過労自殺、パワーハラスメントによるメンタルヘルス不調といった事案においては、この安全配慮義務違反が労働者から使用者である企業に損害賠償を求める根拠になることが一般的です。
したがって、従業員の体調コンディションをしっかり把握し管理するというのは労務管理の基本であると同時に企業の安全配慮義務違反による訴訟リスクを低下させる上でも重要と言えます。
一方で、自己保健義務という考え方も重要です。これは、労働者自身も職場で健康に働くために企業の健康の保持増進の取り組みに協力する等により心身の健康の維持に努めなければならないという考え方です。年に1回の定期健康診断が企業に実施義務があるのみならず、従業員側にも受診義務があるのはこの考え方に基づいたものです。
つまり、コンディション把握は経営層や管理職に安全配慮義務の履行の一環として求められるものですが、従業員自身にも自己保健義務により、企業の健康増進のための取り組みや働きかけに協力して、コンディションの把握と管理が求められていると言えます。Willysm(ウィリズム)のようなツールを導入することは、企業が安全配慮義務を果たし、従業員も自己保健義務を果たすことに役立つツールとも言えるでしょう。
<解説>
宮中大介先生 プロフィール
株式会社ベターオプションズ代表取締役、慶應義塾大学特任助教。
行動科学とデータサイエンスを応用したサービス開発を専門領域とする。格付会社にてアナリスト、EAP会社にてサービス開発部門長を経験し独立。東京大学大学院医学系研究科修了(公衆衛生学修士)。大学でポジティブ心理学やメンタルヘルスの研究にも従事している。