<そもそもエンゲージメントとは?>
今回は、最近耳にすることが増えたエンゲージメントについて解説したいと思います。
まず、「エンゲージメント(engagement)」という言葉ですが、一般には「婚約」というイメージが強いと思いますが、昨今話題になっているエンゲージメントは、「ある活動に関わっているという感情」という元々の意味から発展して、仕事や組織との強い結びつきの感情を表す概念です。
たとえば、調査会社のGallup社による「エンゲージしている日本人労働者はわずか9%」という調査結果においては、エンゲージとは「情熱を持って働き、会社と深い結びつきを感じている」と定義されています。
https://news.gallup.com/businessjournal/17242/grim-news-japans-managers.aspx
一方で、同様に著名な人事コンサルティング会社のWillis Towers Watson社の「従業員エンゲージメント」の定義を見てみると、「雇用主との従業員と関係性の強度」として定義されていることが分かります。
https://www.willistowerswatson.com/en-IE/Insights/2021/04/what-is-employee-engagement
このように、エンゲージメントという言葉は、調査している企業によって定義が若干異なっており、統一した概念となっていないのが現状です。
人材開発や組織開発の分野においては、学術的な概念がそのまま実務の世界に輸出されることが多いのですが、エンゲージメントの場合、コンサルティング会社等の実務家サイドが学術知見を参考にしながらエンゲージメントという概念を使い始め、学術界では2000年以降にエンゲージメントに関する研究報告が増えてきたという経緯があります。そのため、学術分野においてもエンゲージメントに関する統一した定義が存在していないのが現状です。
<なぜ今エンゲージメントが注目を集めているか?>
エンゲージメントという言葉が現在注目を集めている理由の1つには、日本企業の国際競争面での厳しさが増すなか、競争力の低下の原因を日本人のエンゲージメントの低さに求める点があるかと思います。
また、企業の年齢構成の高齢化が進む中で、シニアになって経験を生かして活躍している従業員が存在する一方で期待に添えない従業員も存在する状況があり、そうした状況を説明する一つの理由として人事部門中心にエンゲージメントに着目し始めたというのも理由としてあるように思います。
さらに、2020年のコロナ禍以降に急速に普及下したテレワークもエンゲージメントが注目を集めるのに一役買ったと言えます。これまでは職場で皆が働いているため上司が部下の働きに対して目を光らせることができましたが、テレワーク環境では、仮にこれ幸いとサボっている従業員がいたとしても、管理が難しいのが現状です。企業としてはテレワーク環境のような会社の目が届かない環境下でも、自律的に仕事に打ち込むような従業員が欲しいということで、エンゲージメントに注目が集まっている可能性もあります。
<学術面から見たエンゲージメント>
ここからは、少々複雑なのですが、学術の世界でエンゲージメントがどのように扱われているか紐解いてみたいと思います。
職場でのエンゲージメントという言葉を最も早い時期に概念化したと思われるKahn(1990)は、従業員がエンゲージした状態を「物理的にも、認知的にも、感情的にも完全に仕事の役割と結びついている」と表現しています。
エンゲージメントに関連する概念として学術的に最も研究が進んでいるのが、Schaufeli(2002)によって提唱されたワーク・エンゲージメントという概念です。ワーク・エンゲージメントとは、仕事にエネルギッシュに取り組み(活力)、仕事に深く関与し(熱意)、仕事に夢中でのめりこんでいる状態(没頭)を指します。仕事に強迫的に取り組むワーカホリズムとは異なる概念としても整理されています。
実務においては、先ほどのGallup社やWillis Towers Watson社のように、エンゲージメントを従業員と雇用主(組織)との結びつきと捉えたり、仕事と組織との結びつきを両方含んでいる場合がありますが、学術的には、仕事との結びつきとして概念化されていることが一般的です。
組織との結びつきを表すエンゲージメントは、学術的には、エンゲージメントよりも組織コミットメントという概念で長く研究されてきた経緯があります。
組織コミットメントに関しても多くの研究者による定義があるのですが、良く知られているのは、Meyerら(1993)による、3つの側面から構成される組織コミットメントの定義です。Meyerらは、組織コミットメントは、「従業員と組織の関係性を特徴づけるものであり、組織に居続けるかどうかの決断を示す心理的状態」と定義し、情緒的、継続的、規範的の3側面を有するとされています。特に、「従業員の組織への情緒的・感情的な結びつき」を指す、情緒的側面が、組織との結びつきを表すエンゲージメントに近い概念と言えます。具体的に言えば、組織に対する愛着を感じていたり、自己と組織を同一視している、組織に積極的な関与している状態が情緒的な組織コミットメントが高い状態と考えられています。
以上に述べたように、実務的には、エンゲージメントという言葉が、仕事と組織双方との結びつきを意味していたり、組織との結びつきを意味していることが多いのですが、学術的には両者が区別されており、エンゲージメントとしては仕事に対する結びつきを指すことが多いというのが現状と言えます。
<エンゲージメントが高いと何が良いのか?>
従業員の高いエンゲージメントが何をもたらすかについては、調査会社等による科学的な検証は非常に少なく、学術分野での検証が圧倒的に多い状態です。中でも、ワーク・エンゲージメントに関しては世界中の研究者が研究しており、ワーク・エンゲージメントが高い従業員は仕事のパフォーマンスが高いことがさまざまな研究によって報告されています。
ワーク・エンゲージメントと仕事のパフォーマンスとの関連を検討する研究においては、自己申告の仕事のパフォーマンスが用いられることが多かったのですが、最近では実際のビジネスの業績等との関連も明らかになっています。たとえば、日本の小売店舗で働いている従業員を対象にした研究においても、従業員のワーク・エンゲージメントの平均値が高い売り場では、売上高が高いが、職場のワーク・エンゲージメントのばらつきが大きいほど、売上高は低くなるという大変興味深い結果が報告されています。
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/21090004.html
組織との結びつきを表すエンゲージメントに関しては、組織コミットメントの研究として検証されており、組織コミットメントが高い従業員は、仕事のパフォーマンスが高く、離職しづらいといった結果が得られています。
さまざまな研究報告を考慮すると、従業員のエンゲージメントが高いことが組織にとってビジネス上の望ましい結果をもたらすと言えます。
<エンゲージメントを高めるには?>
ここからは、エンゲージメントをどのように高めることが出来るかについて述べたいと思います。これについても、調査会社等による科学的な検証は非常に少ない状況ですので、学術的には研究が進んでいるワーク・エンゲージメントについて述べたいと思います。ワーク・エンゲージメントを高めるには、個人の資源と仕事の資源を高めることが良いとされています。
個人の資源とは、自己効力感、レジリエンスや楽観性という個人に備わってる心理的な特性です。自己効力感は「自分は出来る」という気持ち、レジエンスは苦境から立ち直る力、楽観性はポジティブな見方をする力です。こういった力を持っている人はワーク・エンゲージメントが高いことが分かっています。
これに対して、仕事の資源は、仕事に紐づくもので、仕事の裁量度、仕事のやりがい、上司同僚との良好な関係性などがあると考えられています。裁量度の高い仕事で働き、仕事でやりがいを感じ、上司や同僚から支援を受けられる従業員はワーク・エンゲージメントが高いことが分かっています。
現在では、以上の知見を応用して、ワーク・エンゲージメントを高めるための様々なプログラムやトレーニングが開発されています。実施方法も集団研修方式や、WEBアプリ等さまざまな方法が試みられている状況です。現在はそうしたプログラムやトレーニングの効果も学術的に検証されており、ワーク・エンゲージメント向上に効果があったとされているものも相当数あるというのが現状です。
組織との結びつきを表すエンゲージメントに関しては、組織コミットメントの研究を参考にすると、自律性が高かったり、挑戦的な仕事であること、上司や同僚との関係性が良好であること、組織サポートや上司のリーダーシップが充実していること、組織が公正であること等が組織コミットメントの高さと関連していることが報告されています。
<エンゲージメントを高める実践>
以上を踏まえて、エンゲージメントを高めるために出来ることをまとめると、上司と部下、同僚同士のコミュニケーションを良くすること、管理職のリーダーシップを強化することが挙げられます。また、従業員に裁量度や自律性の高い仕事を用意する、挑戦的な仕事を与えるといったこともエンゲージメントを高めることにつながると考えられています。これらに共通するのは部下に仕事を割り当てて職場をマネジメントする管理職の役割であり、エンゲージメントを高めるキーパーソンは管理職だと言って良いと思います。
加えて人事部門の役割も重要です。管理職を対象にエンゲージメントを高めることを意識したマネジメント研修等を実施することも重要と考えられます。組織風土もエンゲージメントと関係がありますので、組織開発を司る人事部門がエンゲージメント向上に果たす役割は非常に大きいと言えます。
従業員個人としては、自分自身の個人の資源を高めること、職場の同僚をサポートしたり助け合うことが、本人と周りの同僚のエンゲージメントを高めることにつながると考えられます。
ここまで述べたことを参考に従業員のエンゲージメントを高めようと思っても、いざやろうとなると組織の中にノウハウを持った人材がいない、あるいは専門のコンサルティング会社に依頼するにも費用が予算から捻出出来ないといったこともあるかもしれません。仮に、ノウハウを持った人材やコンサルティング会社が管理職や従業員の対象に研修を実施したものの、しばらくすると研修の効果が長続きしなかったということもあるかもしれません。
そのような場合に人材開発や組織開発の機能を組み込んだHRTechの活用は一助となるかもしれません。たとえば、職場でのコミュニケーション促進につながるWillysm(ウィリズム)、あるいは、1on1が実施出来るIromojiのようなツールによって、上司のリーダーシップ行動を強化し職場のコミュニケーションを促進することも考えられます。HRTechの活用を日常業務に組み込むことでエンゲージメント向上につながる管理職や従業員の行動が自然な形で促進され、習慣として定着することで、中長期的なエンゲージメント向上が可能となるのではないかと思います。
<参考文献>
Kahn, W.A. (1990). Psychological Conditions of Personal Engagement and Disengagement at Work. Academy of Management Journal, 33, 692-724.
Meyer, J. P., Allen, N. J., & Smith, C. A. (1993). Commitment to organizations and occupations: Extension and test of a three-component conceptualization. Journal of Applied Psychology, 78(4), 538–551.
Schaufeli, W. B., Salanova, M., González-Romá, V., & Bakker, A. B. (2002). The measurement of engagement and burnout: A two sample confirmatory factor analytic approach. Journal of Happiness Studies: An Interdisciplinary Forum on Subjective Well-Being, 3(1), 71–92.
<解説>
宮中大介先生 プロフィール
株式会社ベターオプションズ代表取締役、慶應義塾大学特任助教。
行動科学とデータサイエンスを応用したサービス開発を専門領域とする。格付会社にてアナリスト、EAP会社にてサービス開発部門長を経験し独立。東京大学大学院医学系研究科修了(公衆衛生学修士)。大学でポジティブ心理学やメンタルヘルスの研究にも従事している。